Eternal childhood

すぅーーーーはぁーーーー

古い順から一気に6日分いきます!

4月19日

 

ここのところ、コンピューターでのインターネットが全然使えなくなってしまった、、

 

ので、

ワードに書き溜めていく事にして、来月新しいワイファイが来たらアップする事にする。

 

 

軽井沢は昨日とは打って変わってお天気。 

 

そして明日は雨、、と、明日のことはいいとしよう。

 

 

 

昨日、今日と、5時間近く歩いた。 

 

 

家に閉じこもる日々だけにパワーが余っていたのは昨日のこと。

 

 

今日の5時間は正直けっこう途中しんどかった。

 

 

なぜ、突然そんなに歩きだしたのか!? 

 

 

以前から歩くのは意外に好きで、どこまで行けるのかな?限界に挑戦的な思いはぽヤンとあった。

 

 

最高は確か1日7時間だったか?

 

 

本当に辛くなった時思い出すのは、

 

江戸時代の人の事。

 

 

坂本龍馬は高知から東京まで歩いたんだ、と思うとまた歩けるようになる。

 

 

ガソリンも使わなくて、体にいいんだから(歩きすぎは良くないけど)、

 

 

ラク〜に一石二鳥、

 

その上歩いてると今まで気づかなかったお店や家や草花なんかにも出会えるので、

 

 

時には一石5鳥(一個の石で5羽!)である。 

 

 

 

長いほど益は大きい気がする。

 

 

こんなに歩く発端は、

 

 

今度働き始める保育園の母体に提出する書類の中に、

 

 

自動車通勤の場合、任意保険のコピー、とあったから。

 

 

まだ決めてないし、急いで決めたくないし、おまけに最近インターネットが繋がらない、コロナで外出自粛だし、と

 

 

ナイナイ尽くしで、これは焦って決めてはいかんと心に決め、

 

 

それじゃどの方法で通うか、となった時、バス!があった。

 

 

しかし、バスは1時間一本(あればいい)ぐらいの、超〜のんびりモード。

 

 

徒歩だと41分とグーグルマップは仰っている。

 

 

そこで歩いてみると大体50分。 

 

うん、できない事は無い。 

 

 

 

実際歩いてみると気持ちもいい。

 

 

そこでもう一軒の保育園までも歩いてみた。 それが昨日。

 

 

2時間半だったかな? 雨の中なのに行ってみた、長靴で。

 

 

 

できない事は無いのだ。

 

疲れたけど、

 

 

でも途中で幾つかお店に立ち寄ってみた。 

 

 

どこもお客さんなんかいなくて、

 

 

一つなどは店主もいなかった。

 

 

ランプや時計なんかの修理屋とリサイクルショップを兼ねたところで、

 

 

ランプが欲しかった私は買おうと思って外で雨にびしょ濡れになっている小さなランプを持ってガラス戸を叩き、開けたら、

 

 

そこは 温もりのある2畳ぐらいの仕事場で、

 

 

机の上に修理途中のステンドガラスとその縁が置かれていて、

 

 

推測では作業途中でトイレ行きました的な、雰囲気。

 

少し待ったけど、来る気配なく、なんか盗まれても全然おかしく無い状況だし、

 

そこに一人でいるのも心もとなくなり、

 

 

手に持った買うつもりのランプを元あった場所に戻して、離れたのでした。

 

 

 

というこういう出来事がかなり好きなのだなぁ〜と

 

 

 

今、書いていて気づいた。

 

 

明日はどんな事しよう? と思うとやはりワクワク。

 

 

結局今日の歩きは一言も書けなかった。

 

 

 

 

明日につゞく。

 

 

 

今日は4月22日!

 

 

なんと、19日から書いてないのかな?

 

まるで日にちがスッ飛んだみたい。

 

昨日は軽井沢に来て初勤務でした。 

 

記念すべき日だな。

 

FM軽井沢に落ちてから、この日まで長かった。 

 

時々挫折感というか不安に思いながら、100社落ちたら考えようと思い直し、

 

またちょっと不安になる、の繰り返し、、、、

 

 

と、、まてよ、、、、、引っ越してから1ヶ月半、

 

 

余裕では無いけど、焦るのも良くない。

 

 

そうだ、やりたい事への準備はまだまだなのだ。 

準備をしながら保育園の仕事に取り組むのだから、最初はこのペースがいいのかもしれない。

 

ここで読み返して、友人に謝罪。

 

 

そう、私は個人事業主になると彼女に言ったのだ。

 

なのに落ちたとか初勤務だとか、そんな事言っている場合じゃ無いではないか。

 

 

起こせ、考えて、行動して、でも焦らずに。

 

 

決めた。 保育園勤務は今の二つの保育園のみにしよう。

 

そうすると週に3日の勤務になる。 

 

他の日はm+cの事業に取り組もう。

 

作文集め、録音、ラジオ番組化、にじみ絵の展開(場所探し)、などなど、

 

フルで保育園で働いたら、、、

 

 

そういったことがなぁなぁになって仕舞うところだった。

 

アブナイ、アブナイ。

 

焦って働いて、先を見て行動しない、

 

、、、またやってしまうところだった。 

 

 

 

神様、ありがとうございます。

壁は厚い、けど抜けない感じではない、と思う。

 

 

まずはどこかで体験にじみ絵のテントを張ろう。 

そのためには、

 

  • 道具を揃える
  • 場所を探す
  • 見本の作製

 

 

楽しみになってきた。 コロナの収束を機に始められるよう今、準備しよう。

 

 

できれば落ち着いた室内がいいが、

 

それはいずれ訪れる日を待とう。

 

よし!

 

 

4月24日

 

今日は初おひさま! 

 

と、私以外は意味不明な言葉を書いていますが、

 きっと普段の会話でもこういう言葉(表現)を使っている気がします。

 

 家族、友人知人達よ、申し訳ない。

 

詳しく書くと、というより皆にわかるように書きますと、

 

来月から週に一度、土曜日に働く保育園の名前が「おひさま」で、

 

その保育園に今日初めて研修で伺いました。

  

子供達は6人。 女の子4人に男の子2人。

 

もう一つの保育園は全員男の子だから、

 

女の子ってこんな感じだったと懐かしいやら可愛いいやら。

 

 小さな手を繋いで散歩にも行った。

 猫をたくさん飼っているお家が近所にあって、今日はそこまで。

 

 

今日の散歩はどこに行こうかと先生方が検討されている時の会話が今思うと楽しい。

 

 

「ネコに行きたいけど、ちょっと遠いかな?」 

 

「行きはイケると思うけど、帰りが不安」

 

「よし二人乗りバギー持って行こう」

 

 

でネコに決まり。

 

 

そのネコのとこ、というのが私には大きな?だった。

 

 

近くの原っぱか空き地にネコの巣があるのかな?と思っていたら、

 

 

 

行ってみて判明。

 

 

ネコをたくさん飼っているお家のことだった。

 

そのお家にはサンルームがあって、そこに色んなネコがファッションショーのように立ち替わり入れ替わりでて来てくれる。

 

 

しかもありがたいことにお家の方も心得ていてくれて、

  

赤ちゃん猫達を抱いて子供達に披露してくれる。

 

総勢何匹いるのだろう? 恐らく軽く10匹以上は軽くいるに違いない。

 

 

 

子供達無言で見入ってた。 そして私も。 

 

 

 

 

今思っても、何かとてつもなくのんびりした時間が流れている場所だった。

 

 

 

花々も空気も空も。

 

 

 

そして意味不明な言葉を言うの私だけではないと思えて嬉しかった、ウフ。

 

 

4月26日

 

日曜日。

5時半に目覚め、6時半に床から這い出て、7時半にジョギングに出発。

 

一つ一つの移動に1時間。 時間がかかると言えばそうだし、そぉお?って思えばそおなので、

 

今はそのような時期と思います。

 

 

 

クラウドワークスに加入して?本格的に入ったのは、

 

3月中旬くらい。 今が4月下旬なので、1ヶ月。

 

声の仕事をするために探しては応募しているけれど、

 

まだ仕事につながっていない。 

 

  

応募して仕事に繋がらない度に辞めようと思った(汗)が、

 

焦らずやろうと思う、と思ふ。

 

 

今日も一つ久しぶりに応募した。

 

落ちるのが頻繁になると、不思議なことに受かるために全力は尽くすが

 

期待しなくなる。

 

 

これ、とってもいいと思う。

 

私にはこれが必要だったんじゃないか、とさえ思う。

 

 

そして次は何だ、と次に思考が動く。

 

はい、明日は7時半から午後6時半まで11時間勤務!?

 

 

マジか?と思いましたが、意外にできるのかもしれません。

 

 

今夜、よく眠れますように。

 

 

 

4月28日

 

桜と羽音とoasis。

 

oasis、イギリスのロックバンド。

 

夫の車に乗った時にかかっていて知った。 

 

若くて少し投げやりな感じの印象を受けていた。

 

 

その印象はそのままあるけれど、

 

それはまっ直ぐな表現、どちらかと言うと言葉でなく雰囲氣から来る。

 

しかもそれは声質だけでは表現しきれないものから来ているんだ。

 

真っ直ぐ彼らが彼らを生きてる生きようとしてる感じがするからかな?

 

 

聞けば聞くほど好きになっていく。

声というのは怖いぐらい、いや声だけじゃない、全体がその人を表している。

 

 

それは0歳児から。 隠せない。

 

 

私たちは次の段階に来ていることを感じる。

 

言語ではなくきっと言葉なしに会話ができる、時に。

 

 

 

4月29日

 

今日は昭和の日でした。

 

久しぶりに、ゴールデンウィークを日本で過ごす、

 

が新型コロナの影響で

 きっといつもと全く異なる連休の始まりになったと思う。

 

 

以前から、おそらく大学生の頃からだと思うが、

連休や休日祝日に関心がないので、

 

あまりさしたる感慨もない。

 

今日は赤川さん(シュタイナー保育園を経営されている)

から配信されるメールに初めて返信をするのに時間を費やした。

 

コロナの影響で自分の生活がどう変わり、

 

今どう感じているか。

 

最近グレタ・トゥーンベリさんのお母さんが書かれた本を読んで、

 

地球温暖化について真剣に考えるようになった。

 

今まで何をしてたんだ!?

 

きちんと調べせず、

 

長い目で見ればこう言う時期なんだと、

 

そう言う言葉を鵜呑みにしていた。

 

 

でも我々の急激な生活の変化、特に飛行機、と言う事にかなり衝撃を受けた。

 

 

そんな事、考えもしなかった。 

 

もしかしたらカリフォルニア住む友人スーは、

 

だから飛行機に乗らないんじゃないだろうか?

 

と、ふと思った。

 

 

 

 

私達は今の暮らし方を振り返り、変えていく時を、

 

皮肉にもコロナの影響によって授けられた、ように思う。

 

 

ずっと前、結婚して5年くらいの時、

 

何回か短期間でパートの仕事を変えたことがあった。

 

一番短いのはウエディングコーディネーターを2ヶ月で辞めた。

 

あの時は様々なことが混乱していて、

 

渦の中でもがいているような鬱々とした日々だった。

 

 

ずっとこんななのかな?と絶望的だった。

 

どうしていいか分からなかった。

 

 

水面から出られず苦しかった日々が変わり始めたのは、

 

ある日の

 

空、だった。

 

ある日海に1人でサーフィンに行き、

 

ふと上を見上げてみた空から、

 

「大切な事は多くない」と言葉を聞いた。

 

もちろん声を聞いたわけじゃなく、

 

不思議だけど、空を見たらその言葉が頭に浮かんだ。

 

その頃、何がどうしてこんなに落ち込んでいるのか言葉にできなかったが、

 

その言葉を聞いて、クリアになった事は、

 

周囲がどんな風に私を見、

 

噂しているかを考え、

 

泥沼に入っているような

 

足を掬われて歩くことができないような感覚になっていた事に気づいた。

 

自分で自分を追い込んでいたけど、

 

 

そう、そん事はどうでもいい事なんだと、

 

ハワイの空、

 

そしてハワイの横断歩道を堂々とゆったり歩くハワイアンの姿が

 

その言葉を更に強く私に語りかけていた。

 

 

私はそんなハワイが好きだ。

 

髪の毛爆発状態で、裸足で、上半身裸で、

 

堂々と歩くハワイの人が大好きだ。

 

いつでもその時のことを思い出すと、元気になる。

 

 

小さい事にこだわるな、誰になんと思われてもいい、

 

自分の声を聞かなきゃ生まれてきた意味がなくなる。